ULTRA-TRAIL Mt.FUJI

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中村孝一様 (ウルトラトレイル・マウントフジ実行委員会・実行委員) が2019年2
月26日にご病気の為、ご逝去された事をご報告いたします。

故人は富士河口湖町職員として第1回大会より実行委員として大会に参画し
町内にてこの前例のない大会を実施する上で大きな役割を果たしてきました。

本年3月末には河口湖町役場を定年退職し、その後はNPO法人富士トレイルランナーズ倶楽部理事に就任頂き、
引き続き大会の発展にご尽力頂く矢先の出来事で大会関係者一同深い悲しみに包まれています。

故人のこれまでの大会へのご尽力に対して感謝するとともに、
謹んでご冥福をお祈りいたします。

2018年大会でのA5勝山エイドでの故人の活動の模様(町役場の課長さんと紹介されています)
https://youtu.be/E6uXmdg6Us0

【追悼コメント】

<鏑木毅実行委員長/NPO法人富士トレイルランナーズ倶楽部代表理事>

突然の悲報に我々は大きな悲しみに包まれています。
「仕事を楽しむ心得を知っている。」大変な仕事もご自身が一番楽しそうにしておられましたね。
一見謹厳な雰囲気のなかに、ときおり相好を崩す笑顔はとても魅力的で厳しい局面で我々はこれまでずいぶんと救われた気持ちにさせて頂きました。
 地元自治体のメンバーとしていつも厳しくも温かみのあるご意見を頂きました。どのご指摘も適格なもので本当にありがたいものでした。
そして自ら率先して動いて頂きました。我々はいつもその行動力にこれまでどれほど助けられて来たでしょうか。
 何回大会だったでしょうか。大会が終わった直後にお会いした時、いろいろ反省点を語られながらうっすらと涙を浮かべていらしゃった
お顔は今でも脳裏に刻まれています。
この大会を心から愛してくれているのだなと思うと大会の疲れがすっとほぐれていったことを覚えております。
 ご退職し春から富士トレイルランナーズ倶楽部の理事として中村さんと一緒により緊密にお仕事ができると思っていたのに・・・。
本当に残念でなりません。
 中村さんには富士山巡る100マイルのトレイルランニングの大会という荒唐無稽なプロジェクトの当初から関わって頂きました。
最初の頃は一体できるのかと何度も心が折れそうな気持ちになりました。中村さんが思いを込めて関わって頂いたこの大会も7回目を迎え、
世界中のトレイルランナーが注目するまでに成長しました。中村さんの存在なくしてはこのような流れができなかったと思っています。
 心から感謝しております。
 
どうか安らかにお休みください。
 そして天国からいつまでもこの大会の行く末を見守って頂ければ嬉しいです。
 今まで本当にありがとうございました。

<福田六花副実行委員長//NPO法人富士トレイルランナーズ倶楽部副代表理事>

「孝一さんがいない、、、。」  
僕は大きな大きな喪失感に包まれています。
富士河口湖町役場・観光課職員としてUTMF を初期の頃から支えてくれました。
御自身が生涯学習課・課長になられた時には「UTMF はオレの課に持って行くよ。」と云って担当を継続してくれました。
山梨県コース・ディレクターである僕は、開催直前には頻繁に行動を供にし、遊歩道の侵入防止金属パイプや公園の景石を一時撤去したり、
コースマーキングのコーンバーを並べたり、コース沿いの神社やボートハウスに挨拶に行ったりしたものでした。
参加選手に地元の郷土食を準備したり、役場の倉庫から灯籠を100ヶ持って来て、コースに並べる演出などのアイディアも頂きました。  

 ムスッとした表情のことが多かった孝一さんですが、その渋面とはUTMF以前から付き合いでした。2008年に突然電話を頂き、
町のイベントに選考委員として誘って頂きました。そのイベントで知り合った大工さんに自宅ゲストハウスを建ててもらい、
音楽プロデューサーさんにUTMFの音響を担当してもらい、木工作家さんにはUTMFの入賞トロフィーを創って頂いてます。
孝一さんのつないでくれたヒトの輪は、僕の生活を豊かなものにしてくれました。  

 孝一さん、今まで縁の下の力持ちアリガトウございました。これからはもっと高いところから僕らのことを見守っていて下さい。  
渋面の奥の目が時おり少年のように笑うと、とても素敵でした。